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鉄道小バザール






鉄道小バザール

鉄道小バザールとは、サラリーマンによる海外乗り鉄っちゃんの記録集です。



 哈大旅客専用線(大連と哈爾浜を結ぶ高速新線)が開業する前に、旧南満州鉄道の面影が残る路線を旅したくて、中国東北部を訪ねました。
初掲載:2012年12月 Last Update2013年6月



 5/1 旅順(16:25) 大連(18:14)  6332次普通   61km  4.5元
5/1 大連 (21:54) 哈爾浜(翌07:28) T261次特快 軟臥(上舗)  946km 337元 
 5/2 哈爾浜 (13:35) 長春 (15:28) D174次動車 2等座   246km   72元
 5/3 長春(11:09) 瀋陽北( 13:33) D102次動車 1等座  300km  105元
 5/4 瀋陽北 (15:15) 北京(20:11)  D20次動車 1等座   703km  248元
 5/5 北京南 (06:45) 天津 (07:23)  C2201動車 特等座  120km  94元
 1元=13.038日本円(当時のクレジットカードレート)    


開放後の旅順駅のホームに立つ

 NHKが2009〜2011年に放送した「坂の上の雲」で話題になった旅順から乗り鉄を開始。以前は外国人の観光を制限していたが、ドラマの影響か、放送開始直前に制限がかなり解除されたとのこと。
 祝日(メーデー)ということもあり、大連市民も数多く旅順観光に来ていました。旅順港近くの白塔山から見えたので簡単に行けると思ったところ、道に迷い、やっとの思いで旅順駅にたどり着いた。
 1つの窓口に人々が集中し、やっとの思いで切符を購入。1日に2往復ということもあり、切符売り場を複数設けることは無駄という考えもあるが、購入開始時刻を早めるなど、もう少しうまく人をさばけないかなぁ、と思ってしまう光景でした。
 ちなみに、旅順・大連間は1日2往復しかありません。


児玉源太郎はこの風景をどう思うのか

 列車はゆっくりと北東へ進む。遠くには大きなマンションの建設現場が見える。
 坂の上の雲によると、児玉源太郎は厳冬の鉄路を、乃木希典を叱咤激励すべく必死の思いで進んだ。線路沿いに戦争で死んだ方の亡骸を埋めたと司馬遼太郎の本にあったが、その遠方に見えるマンション建設現場を、もし児玉源太郎が見たらどういう思いをいだくだろうか、とふと感傷的になった。

大連駅に到着

 途中、空港近くの周水子駅付近で飛行機の着陸風景を車窓から見る。その後、満鉄の車両製造工場であった沙河口を通り、近代的な大連駅ホームに降り立つ。駅舎は上野駅に似たフォルムとして有名で、昭和12年に完成した。


ごった煮の待合室で列車を待つ


 駅前の地下街散策と夕食を終え、T261次に乗るべく、大連駅の待合室へと向かう。

 軟臥用待合スペースに腰を掛けたが、その他のスペースは人いきれでムンムン。奥に喫煙所があり、そこへ向かったところ、紫煙濃度が極めて高く、喫煙者である私でさえ、長居したいとは思わなかった。

軟臥舗の上段に潜り込んで熟睡

 軟臥鋪に乗り込む。今回は運悪く?上段となった。中国のゴールデンウィークなので、チケットが取れただけでも良しとしなければならない。
 出発後すぐに車内改札が始まり、券を換車票に交換すると、同じコンパートメントに乗り合わせた中国人が明かりを消した。一日中旅順をうろうろしたこともあり、すぐに寝入った。

朝の満州路を走る
   5時半ごろ目が覚める。すでに陽はかなり高くなってはいるが、日差しは弱々しい。
   緯度から考えるとすでに北海道の稚内よりも北に位置している。沿線はまだ畑に緑がなく、土が目立ち、1色足りない春といった風情だ。木々も青々というより弱しく感じた。

  


7:45哈爾浜到着

 
 定刻より15分ほど遅れて哈爾浜到着。
  ここの1番ホームは伊藤博文が安重根に暗殺された現場として有名だ。比較的北側のホームが暗殺現場と本で読んでいたので、その痕跡を示すものがあるはずと探したが、見つけることができなかった(他の方のサイトやYouTubeで旅行後に見つけることができたので、関心のある方は是非探してください)。
                                                     戻りはCRH5型の動車・和諧号で                                 
 午前中は旧ロシア人街といわれる人民大街(キタイスカヤ)を観光し、長春まで戻ることにした。
 D174次に乗る。Dは「動車」と言われ、簡単に言うと新幹線型車両だ。乗った動車はCRH5型と言われるイタリアETR610型の現地生産バージョンで、ホームが低いため、横から見ると中々の迫力。               

在来線をMAX時速154キロで走る

 D174次は2編成の16両で運転。高速鉄道の開通前なので在来線を走ることになる。在来線とはいえ、中国幹線の保線状態は大変良好で、車内電光掲示板によると時速154キロで走行していた。

 2等車に乗った。車内は中央に全体が向かって座る、いわゆる集団見合い型。座席前のモケットをはじめ、日本の新幹線普通車座席よりも安普請の印象はぬぐえません。空いているところと混んでいるところが極端で、座席販売のノウハウは日本とは雲泥の差がある。

工事中の長春駅に到着

 在来線ホームに到着。奥に工事真っ最中の高速線用ホームが見え隠れする。これで夏(発表されていた2012年7月15日)に間に合うのかと思ったら、日本に帰ってきて、また延期になったことを知る。駅舎は十数年前に既に改築されており、南満州鉄道の面影は微塵もなかった。


 翌朝、駆け足で旧満州建築群を散策し、D102次に乗り込む。これも2編成をくっつけた16両。今度は1等車に。道中、対向車線に戦車運搬の貨物列車を見たのには、参った。
 前日と同様、在来線を時速150キロ台で走り、2時間後の13:33に瀋陽北駅に到着。駅付近に柳条湖(満州事変の発端となった爆破事故現場)があるはずなので目を凝らしたが、気づかなかった。瀋陽北駅も奥で高速線のホームが工事中だった。

 遼寧賓館に荷物を置き、瀋陽駅に向かう。街中工事だらけで、黄砂と相まって茶色いフィルター越しに街を歩いている雰囲気だった。
 瀋陽駅も工事中で、趣のある駅舎も青い工事壁で台無しだった。(下の写真は世界遺産の瀋陽故宮)


不快指数100%の瀋陽北の待合室


 
馬鹿でかい凹面鏡のような瀋陽北駅舎も工事中で、臨時待合室に入る。プレハブのお化けのような建物で、人いきれでむぅっとする。不快指数100%とはこのことをいうのだろう。1等乗車客用の待合室が中にあるかと探したが残念ながらなく、汗を拭き拭き、列車を待つ。とはいえ、前日からある程度予想していたので、待合室に入る時間をできるだけ遅くしたのは正解でした。                     

専用線を時速190キロ台で疾走

 
 


 15:15発のD20次で北京に向かう。今回もCRH5型だが、8両編成だった。
 1等座に乗り込む。しかし、座席番号は011で通路側、かつ、席が窓と一致していない(中国の新幹線ではよくある)。最悪のポジション。男性2人組の1人が私の横(一応窓側)に座り、もう一人が前列の逆の窓側に座ろうとしていた。
 そこで「席を替わりましょうか」と英語で話しかける。相手は英語がわかるわけもなく、きょとん。身振り手振りで説明すると相手もわかり、にこりと謝々、と言ってきた。何のことはない、私が窓側のいい席をまんまとゲットしただけなのだ。


 対向車線が動車ばかりなので高速専用線を走っているようだ。扉近くの電光掲示板も190キロ台/小時(時速)と表示している。帰国後調べると、やはりこの区間は専用線だったようだ。

 販売員が弁当の注文を取りに来る。隣の席の方が注文した。しばらくして販売員が持ってきたのは、「レンジでチンの弁当」と「カップスープ(自分でお湯を入れる)」と味気ない。おなかがすいていないこともあり、注文することは控えた。

 途中から在来線となる。夕立があったが、遅れることもなく定刻通り北京に到着。十数年ぶりに北京駅前に降り立ったが、イベントでもやっているかのような混雑ぶりで、湿気が高いこともあり、軽くめまいがしそうでした。


天津へは北京南駅から

 中国へはマイレージのタダ航空券を利用しました。帰路は唯一席の空いていた天津発名古屋行のJAL便に乗ることになった。
 15年前に天津から北京に移動した際は2階建ての列車(在来線)だったが、今回は北京南駅発の高速専用線での動車を利用することになり、城際列車(都市間列車)の進歩が味わえればと考えました。

 北京南駅はUFOのお化けのような前衛的な駅で、北京オリンピックの際に、以前とは比較できないほどの規模となった。ちなみにこの駅は上海方面のD列車・G列車(ともに新幹線)の始発駅でもあります。

自動改札でプラットホームに
  
 少しばかり天津観光もしようと、6:45発のC2201次に乗ることにした。前日夜に北京南站に到着した際に予約をしたが、この距離(120km)でもパスポート提示を求められ、切符にパスポート番号を打ち込むのには閉口した。
  さすがにこの規模となると、ホームごとに自動改札のシステムとなる。CRH3型の和諧号が何本もホームに並ぶ姿はとても壮観。(右端は自動券売機だが、日本人はいわゆる(中国の)身分証明書がないので、使えない)

 

右側写真は備付雑誌から
買って失敗?特等座

 2年前に蘇州・上海間でCRH3に乗車した際、特等座に乗ると運転席丸見えの席だったこともあり、近距離でそれほどの価格差もないことから、今回は特等座を確保した。
 しかし、運転席は擦りガラス越しとなり、全く眺望は望めなくなった。ネットで知ってはいたが、「ひょっとして・・・」と淡い期待を抱いたものの、そう都合よくはならなかった。30数分間、8席しかない特等座で一人ぼっちで沿線を眺めていた。



 最後部になると、曲線に引きずられ、ブラインドもこんな隙間。ジャパンクオリティーとは比べものにならない。
 席と壁の隙間もこれだけある。あら捜しをしているわけではないが・・・。

38分後に天津駅に滑るように到着。

<追加情報>
   哈爾浜・大連間の高速鉄道が2012年12月1日にようやく開業しました。冬ダイヤと夏ダイヤの2種類あり、哈爾浜・大連間921kmを冬は200km/時、夏は300km/時の最高速度で駆け抜けます。使用車両はCRH380Bで、ドイツICEの現地バージョン(パクリ)となり、上述のCRH5型とは異なるようです。(2012年12月追記)

How To Get Tickets

 北京南・天津間の城際列車を除き、日通ペリカントラベルネット北京店を通して入手(HP:http://www.pelican-travel.net/beijing/)。1枚につき、30USDを手数料として払う。クレジットカード払いで、パスポート番号が必要。予約完了後、切符ごとの番号がメールで届き、中国の駅などで発券してもらう仕組み。その際、1枚につき5元の手数料を支払う。GW期間中で入手を心配したが、なんとか手配していただけた。 (左写真は203高地)

 以前はいろんなサイトで中国の鉄道の切符が予約できたようだが、実名制(外国人はパスポート番号、中国人は身分証明証番号が必須)になってから、ほとんどが取り扱いを中止しており、貴重な存在といえます(手数料は結構いい値段だが、ある意味明朗会計であり、かつ確実なことは評価できます)。

 北京南・天津間は何本も城際列車があるのでその場で買えます。それでも実名制をとっており、パスポートが必要(北京南・天津間はどう考えても不必要と思うが・・・)。

Tips

鉄道切符のネット直接購入の道は険し


 「何事も経験」と、12306HP:http://www.12306.cn/)でネットでの直接購入を試みました。ブログやネットの情報を参考に、次の準備をしました。
 中国銀行の口座を作成(赤坂の東京支店で作成。銀聯カードは日本のクレジットカード会社のもあるが、鉄道ネット予約には使えないとブログにあった。現在のところ、これは事実のようです)。

 中国語のフリーメールのアカウントを入手(G-mailは、グーグルと中国が仲が悪いので避けたほうがいいとのこと。どこまで確かかはわからないが、リスクを避ける意味で。Hot-mailは文字化けするらしい。それなら中国のフリーメールアカウントを入手となった。網易Net Easeが有名。)  
 結論は、うまくいきませんでした(私の理解不足が原因の可能性も高い)。中国語の知識が乏しく、何度やってもうまくいきませんでした。日本でもペイジー(Pay-Easy)を利用したことのない私がトライすること自体が無謀だったのでしょう。もし、うまくいく方法があれば、ご連絡いただければ幸いです(できればこのHPでも紹介できればと思っています)。


 結局は前述の日通ペリカンネットトラベル北京店で予約を依頼しました。おそらく、日通ペリカントラベル北京店さんはこの12306を使って鉄道切符の予約をしていると推測します(中国で予約・決済を代行している構造ですね)。ちなみに12306の切符の販売は12日前からできます。逆に言えば、混む時期は、12日以上前に日通ペリカントラベルネットに予約を依頼することが必要と言えます。

 また、この12306は予約の傾向もわかります。予約開始後だと、残り枚数の表示もあります。
混む時期は残数0とすることもありますが、そこは中国とあきらめるしかありません。後日、残数字がまたドーンとでてきます。

脱線閑話休題

あじあ号のパシナを大連で見る

 場所のおおよその見当はついていたものの、無駄な時間を費やしたくないので、大連世界旅行社(HP http://www.t-railway.com/)に手配しました。
 この旅行会社は「地球の歩き方」にも記事が掲載されており、ある程度、信用はおけるでしょう。いくつかのサイトを見ましたが、単純にパシナを見るだけなら断トツの安さです。100元+片道タクシー代8元の計108元です(現地解散した)。
 単にその場所に連れて行ってもらい、機関庫に常駐している叔母さんにカギを開けてもらうだけですが、確実なことと、自由度(勝手にウロウロさせてもらえる)はお勧めです。

満鉄「あじあ号」とは

 満鉄が運営する特急列車で、大連・哈爾浜間946kmを12時間30分で結んでいた。
そのうち、大連・新京(長春)間を「パシナ」が牽引していました。当時の世界最高峰の設備(冷房もあった)を備えていた、当時のアジアの超特急列車。
(左写真ははがきを転写)

旧満鉄本社を訪ねる

 鍵がかかっていて、途方に暮れていたところ、日本の熟年夫婦が連れているガイドが建物の中に電話をかけ、開けてもらったところを便乗させてもらった。

 室内は撮影禁止と、どのガイドブックも書いてあったが、熟年夫婦が説明中に写真をとっていることをいいことに私も写真を何枚か撮りました。





ヤマトホテルに泊まる
 満鉄経営の旧ヤマトホテルに泊まることをもう一つのテーマとして旅行を計画しました。

大連賓館

 旧大連ヤマトホテルで1914年に3代目として開業。ホテルサイトで直接申し込みしました(http://www.dl-hotels.cn/)。サイトは日本語対応可能。
 中山広場に面した部屋を第1希望とすると「スイートで」と、きちんと日本語で返事をいただきました。スイートといっても日本円で6,000円程度。趣があるいいホテルでした。下述の遼寧賓館もそうですが、いわゆる外資のホテルより個性的で「泊まった感」があります。

遼寧賓館(瀋陽)

 旧奉天ヤマトホテルで1929年に移転開業。ホテルサイトが見つからず、agodaで予約。
 見晴らしのいい部屋を希望とチェックインの時に言うと、「張学良がかつて滞在した部屋」とプレートのついた部屋(228号室)を通される。部屋は普通だが、窓を開けると中山広場の毛沢東の立像がドーンと見える、見える。思わず笑ってしまった。李香蘭がデビュー前にステージに立った宴会場も現存しています。
 

都市鉄道紹介

大連


路面電車
201路と203路がある。古い電車と、LRTのような最新型とがある。古い電車は夜には室内の明かりがつかず、日本人には違和感を覚える。(中国ではバスも明かりをつけないものが多い)。新しい電車は窓ガラスに日よけフィルムが貼ってあるのか、古い街並みを車窓から撮ると、何故かセピア色の世界が広がった。

快速電車
大連から隣の駅まで乗る。普通の都市電車。降車した駅にIKEAがあるのには少々驚いた

瀋陽

地下鉄
北陵や故宮(いずれも世界遺産)を観光するのに便利。東陵に向かうにも、終着地の黎明広場駅まで地下鉄で向かい、そこからタクシーに乗ると、比較的安くて早く到着します。

    

北京

最新の路線と昔からの路線とで.かなり趣が異なる。

 

天津

トークンを買い、乗り込む。市中心部は開通しているが、訪問時には天津駅の地下鉄はまだ開通していなかった。駅構内の表示はすでに作成しているが、ガムテープのようなもので×印で消していた。

旅行の際、参考にした本

満州鉄道まぼろし旅行(川村湊著・文春文庫)

当時の写真がふんだんに盛り込まれています。
旧満州を家族で旅する空想旅行記で、大変読みやすい。入門編としては出色。
  

鉄道タイムトラベルシリーズVol.2
「満鉄『あじあ』へ、仮想超特急の旅路 昭和十年の鉄道旅行(NEKO MOOK)

上記の「満州鉄道まぼろし旅行」を現在の鉄道で旅するムック。特急「あじあ」や満鉄の写真も豊富。
ただ、惜しむらくは、この路線を走行しているCRH5型をドイツ国鉄のICE型と表記している点だ(イタリアのETRが正しい)

李香蘭 私の半生(山口淑子・藤原作弥著 新潮社)

旧満州に関心を抱くようになった1冊。遼寧賓館に泊まりたかったのは、彼女がここでデビュー前に歌ったことがこの本の中で記されていたから。(左の写真は李香蘭が立った遼寧賓館のホール)

坂の上の雲(司馬遼太郎著・文春文庫)

著者は正直苦手だが、この本だけは旧満州を訪ねるので読んだ。
しかし、旅行したところ、203高地からは、旅順港は見えなかった。ただ、これは、ガスと黄砂が原因で著書が間違っているわけではない。行った日が悪かった?
(左写真は203高地からの眺め。下の写真は28サンチ砲の前ではしゃぐ子供たち)





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